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最高裁判所大法廷 昭和44年(あ)1124号 判決

主文

原判決および第一審判決を破棄する。

本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

被告人本人の上告趣意のうち、違憲をいう点は、実質は単なる法令違反の主張に帰し、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、弁護人深井正男の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも適法な上告理由にあたらない。

しかし、職権をもって調査すると、第一審判決およびこれを支持する原判決は、以下に述べるところにより、刑訴法四一一条一号により破棄を免れない。

第一審判決は、大要、被告人が、弁護士でなく、かつ、法定の除外事由がないのにかかわらず、(甲)報酬を得る目的で、四回にわたり、他人の法律事件に関して法律事務を取り扱い、(乙)業として、五回にわたり、法律事務取扱いの周旋をした事実を認定判示し、これにつき、(甲)の各所為はいずれも弁護士法七二条本文前段、七七条に、(乙)の所為は包括して同法七二条本文後段、七七条に、それぞれ該当するものとし、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上を刑法四五条前段の併合罪として同法四七条、一〇条による加重をした刑期範囲内で被告人を懲役六月、執行猶予一年の刑に処し、原判決はこれを是認したのである。そして、各判文によれば、第一、二審裁判所はいずれも、弁護士法七二条本文は、弁護士でない者が、「報酬を得る目的で、法律事件に関し、法律事務を取り扱うこと」および「これらの周旋をすることを業とすること」を、それぞれ禁止するもので、前者については業とすることを要せず、後者については報酬を得る目的のあることを要しないと解し、これに基づいて各判決をしたことが明らかである。

ところで、同条制定の趣旨について考えると、弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、ひろく法律事務を行なうことをその職務とするものであって、そのために弁護士法には厳格な資格要件が設けられ、かつ、その職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服すべきものとされるなど、諸般の措置が講ぜられているのであるが、世上には、このような資格もなく、なんらの規律にも服しない者が、みずからの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とするような例もないではなく、これを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益をそこね、法律生活の公正かつ円滑ないとなみを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、同条は、かかる行為を禁圧するために設けられたものと考えられるのである。しかし、右のような弊害の防止のためには、私利をはかってみだりに他人の法律事件に介入することを反復するような行為を取り締まれば足りるのであって、同条は、たまたま、縁故者が紛争解決に関与するとか、知人のため好意で弁護士を紹介するとか、社会生活上当然の相互扶助的協力をもって目すべき行為までも取締りの対象とするものではない。

このような立法趣旨に徴すると、同条本文は、弁護士でない者が、報酬を得る目的で、業として、同条本文所定の法律事務を取り扱いまたはこれらの周旋をすることを禁止する規定であると解するのが相当である。換言すれば、具体的行為が法律事務の取扱いであるか、その周旋であるかにかかわりなく、弁護士でない者が、報酬を得る目的でかかる行為を業とした場合に同条本文に違反することとなるのであって、同条本文を、「報酬を得る目的でなす法律事務取扱い」についての前段と、「その周旋を業とすること」についての後段からなるものとし、前者については業とすることを要せず、後者については報酬目的を要しないものと解すべきではない。この見解に反する当裁判所従来の判例(昭和三七年(オ)第一四六〇号同三八年六月一三日第一小法廷判決、民集一七巻五号七四四頁、同三七年(あ)第六七三号同三九年二月二八日第二小法廷決定、刑集一八巻二号七三頁等)はこれを変更する。

そうすると、右見解にそわない解釈を前提とした本件第一審判決および原判決には、法令の解釈適用を誤り、ひいて審理を尽くさなかった違法があり、その違法は判決に影響を及ぼし、破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって、刑訴法四一一条一号により原判決および第一審判決を破棄し、同法四一三条本文により事件を第一審裁判所である名古屋地方裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田和外 裁判官 下村三郎 裁判官 色川幸太郎 裁判官 大隅健一郎 裁判官 松本正雄 裁判官 村上朝一 裁判官 関根小郷 裁判官 藤林益三 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 下田武三)

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